小田美津江 | 篠浦塾

プロフィール

各講師のプロフィールを紹介しています。

小田美津江

シスター

聖母看護短大卒、看護師として病院勤務を経て、母校の創立母体であるマリアの宣教者フランシスコ修道会に入る。 大飢饉で100万人以上の餓死者を出していたエチオピアに修道会の本部から1986年派遣を受け、エチオピア政府からの入国許可が出た1989年から21年間エチオピアでの活動を開始する。

エチオピアでは電気・ガス・水道・電話もない辺鄙な環境で、医師不在の小さな診療所にて、赤ちゃんから老人まであらゆる病気の方に対し、看護師として患者さんにマッサージをするなど、最大限のことを行なった。

その後、医師や検査技師のいる小さな病院に移動。そこで、病院長から『足の反射療法』の本を渡され、独学で足の反射療法を学び、患者さんに足の反射療法を行ったところ、状態が改善されることが分かる。それを契機に、足の反射療法をきちんと学ぶため、フィリピンのパブロ神父様に教えを乞い、1ヵ月で200名もの患者さんに足の反射療法を行う。その中で、高血圧で倒れ半身不随の母親に対し、1日2回足の反射療法を行ったところ、杖を突いて歩けるまでに回復した例や、ゼーゼーという大きな喘鳴をしていた喘息発作の5歳の男の子に足の反射療法をしたところ、聴診器でも喘息の喘鳴が聞こえなくなったなどの奇跡的な体験をし、エチオピアに戻ってからも足の反射療法で多くの患者さんを救ってきた。

帰国後、マリアの宣教者フランシスコ修道会にて、月1回足の反射療法研修会を無料で行っている。

読売新聞社 第41回医療功労賞海外の部受賞の推薦文

小田美津江看護師は1989年から2010年迄の21年間、エチオピアの医療に貢献された。大飢饉による極貧状態、30年続いた内戦、内戦後の無政府状態での混乱状態、その後の復興への道の中を、現地の人々の健康管理に看護師として最善を尽くされた。

最初の8カ月は無医村のゴザ地区で、重症の髄膜炎、破傷風、猛威をふるう結核の治療に当った。髄膜炎の予防注射、麻痺患者への指圧マッサージ等看護師として可能な限りの加療に尽くされ成果を挙げている。

次の12年間はアワサ地区のヘルスセンターで働いた。医師二人の75床の病床は、常に満床であった。内戦、内乱は続き、職員の生命の危険もあり、日本政府からは小田氏に帰国指示も出されたが、小田氏は現地に止まる決意された。マラリアも猛威をふるい、高度の貧血で適合血が無く小田氏ら看護師が交互に献血し救命したこともあった。マラリアの媒体である蚊の退治の為に、日本から除虫菊を取り寄せ、栽培に成功し効果を挙げている。

足の指圧マッサージを習得された小田氏は、2003年7月から8年間は、再び無医村のゴザ地区に赴任され、破傷風トキソイドの注射、破傷風菌の侵入防止の為の衛生教育、気管支喘息への足神経反射療法の開発もされた。無医村で新しい治療法に積極的に取り組み、医学的成果を挙げられたことに敬意を表する。